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美しい日

 

 

 

 

 

ベランダのカラミンサに訪花していた2匹のミツバチがよく見ると

1匹になっていました。

 

一仕事してお昼に見ても1匹です。

 

夕方も、ずーーーと1匹。

 

1匹。

 

ベランダの風景は、カラミンサと1匹のミツバチ。

 

窓から見るカラミンサとミツバチの風景に見入る数ヶ月を過ごして

きました。

 

猫の額ほどの小さなベランダでも見る風景は日々変わります。

 

ハナバチが不器用に無心にカラミンサの蜜を集めていた日、そこに

ミツバチがきて、ツチバチが来ました。

 

そして、今日は、ミツバチが1匹になりました。

 

瞬間のあるがままの日々の風景が目の前にあります。

 

その風景は、瞬間、瞬間が美しい日。

 

美しい。

 

それは静かにあることだけだから。

 

そこになんの抵抗もありません。

 

最近、そのような瞬間が人生に多くなってきました。

 

年齢的なものかもしれないですね。

 

きっと、仕事をやめたら東京を去るでしょう。

 

若い頃は、自分が何者かでいたかったような気がします。

 

自分の存在意義を探していた時期もありました。

 

自分はいったい何者か?

 

本当の自分ではない生き方をしていると、必死で真面目に自分の

あり方を探している方たちは多いですね。

 

また、過去の自分を捨てたい、偽りの自分を生きているのではない

かと苦しんでみたり。

 

または、自分は存在意義がない、消えてしまいたいと思う人たち。

 

しかし、まあ、わたしも今だから言えることなのですが、自分が

いったい何者かなんてどうでもいいのじゃないかと思います。

 

そして、何者かに自分を形づけることなんてできないし、それは、

人の評価でしかないのかも。

 

ホメオパシーでは、よくあなたはどんな人ですか?

 

と聞くことがあります。

 

でも、決してそれを聞いて、ああ。この人はこういう人なのね?

 

とは判断しません。

 

強いて言えば、ああ、そういうイメージを自分に持っているのね、

とか、そういう妄想があるのだなと解釈します。

 

本来は人って、どんなに苦境に立っていても、それは自分が選択した

結果に過ぎないし、好きでやったことと同じなんです。

 

だから、自分の人生はこんなはずじゃなかったと思っても、そんな

人生なのです。

 

心理学では自分らしさがわからないことがアイデンティティの拡散とか

言われるようですが、自分らしさなんて、自分がやりたいことでしかわか

らないものですよ。

 

いつも、いつも自分らしさを定義しながら物事をやっていると、それこそ

自分がわからなくなって、何もやれなくなります。

 

自分が何者かなんて自分で知っている必要はなくて、まずは、好きなこと

をやればいいと思います。

 

自分のことを自分で知ることはできないものです。

 

多分、自分との出会いなんて瞬間、瞬間の出会いだと思うけどなぁ?

 

だから、瞬間、瞬間の自分との出会いを大切にして生きる方がいい。

 

美しい日も瞬間、瞬間の風景です。

 

それは自分との出会いです。

 

光は断片的なものです。

 

自分の中の善も悪も断片的、だから自分の中には暗闇も断片で存在します。

 

自分の思い通りの人生ではなくても失敗ではありません。

 

あるがままを受け入れて進んでいったらどうでしょうか?

 

悩みも、落ち込みも、怒りも悲しみも、否定しないほうがいいですね。

 

そういう自分を自分らしくないとは考えないことです。

 

 

 

 

 

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Kumiko Yamashita ホリスティックカウンセラー
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