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私は誰なのか?

 

 

 

 

クラシック界の異端児、ディヴィット・ギャレットです。

 

昨年、私は、友人を亡くしました。

 

そして、昨夜、彼は車でやって来て、最後の挨拶に来たよと、満笑の笑顔で立ってました。

 

これは夢です。久し振りに考えさせられた夢でした。

 

命を癒すとは?

 

死は、悪いことでないと言ってしまうと大部分の人は、奇妙なことを言うと思うかもしれない ですね。

 

また、なんてことを言うのと非難されるかもしれません。

 

これは、あくまでも私の考えですが、死は、その人に必要な時にやってくる。

 

なぜ?

 

それはその人が回帰を望んだから。。。。だと思う。

 

よく寿命という言い方をする人がいますが、私はその人の変容の時期がきたと言いたい。

 

そして、病気とは、その人が変容しやすい状況になっている状態かなと。

 

だから、病気によって自我が崩壊して自己実現する人もいるし、回帰する、亡くなる人もいます。

 

この物質界は、経験の場であり、自分という人間の実在やパーソナリティーの形成の舞台 のようなものなのではないかと。

 

そして、物質界で最大の自己認識を得ようとする。

 

しかし、それは、あくまでも物質界の制限された次元の中での自分認識ですね。

 

だから、強い自我が形成される。

 

この状態は、言ってみれば、狭い現実と自己の制限の中に閉じ込められている状態です。

 

しかし、一人一人の人生は、内なる真の自分の本性を探求する機会でもある。

 

私は誰なのか?

 

最近の若い人の中心的な問いですね。

 

それは、彼らは、物質世界を意識しなくてもいいほど豊かな現実がすでに存在していたから。

 

そうなると、当然、彼らが言う、スピリチュアルな世界を探検したくなりますね。

 

それを求めて滝行をする人もいますが、私は滝行よりも大病をする方がよほど早く自我を捨てれる ような気もしますが。

 

このように滝行をしても求める何かは。。。

 

たぶん、さまざまな宗教が言っているように、人間の原初的な存在形態は、宇宙の 非空間的、非時間的なレベルにある、という説に根ざしているのでしょうか?

 

ある人は、物質世界で自我によって引き起こされた、自己の深いレベルでの乱れを 生じます。

 

それが病気として具体化する。

 

そして、病気によって臨死状態などをすると生き方が変わる人がいます。

 

臨死体験によって、物質レベルに制限された自我を超えた次元をつかめるようになるのかも。

 

自我によって自覚される自己よりも、もっと深いレベルの調和を見出しているのでしょうね。

 

 

 

 

 

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Kumiko Yamashita ホリスティックカウンセラー
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